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怪奇小話★異郷の空
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1970年代中ごろ、私は一人の留学生として、アメリカの東部ニューイングランド地方ボストンに住んでいた。600年の歴史を持つ古い街である。もともと、オランダやスコットランドからの移民が多く住んでいて、瀟洒な建物が整然と並んでいる。行きかう人は当時のアメリカ人(※注)だったが、古びたレンガ、石造りの建物、道に連なるガス灯などを見る限りは、ヨーロッパの街そのものだ。

 

(※注)ベトナム戦争を終えたばかりの当時のアメリカは、不況のあおりで、市場の活気こそなかったが、街全体の雰囲気は長閑であった。

 

そんな環境の中で、私はしばしば「歴史の一人旅」をした。

地図を見ながらフォードのワゴン車「ピント」でドライブ。車の運転に飽きると、MBTA(地下鉄 兼 路面電車)やアムトラック(AMTRACK)、ときには徒歩で名所めぐりやニューイングランドの自然を楽しんだ。徒歩でいいのは、アメリカ独立の跡を追う「フリーダムトレイル」だ。ボストン・コモン(広場)のインフォメーションセンターで地図をもらい、白線をたどりながら、独立までの道のりを徒歩で追体験するのである。

 

個人的には、ボストン、プリマス、セイラム、ディアフィールド、コンコルドが好きだった。プリマスは、ピルグリムファーザーズ 1620年メイフラワー号で渡米し、居を定めた英国ピューリタン清教徒の地。北のセイラムはかつて、「魔女狩り」のあった場所である。1623年以来からの漁民の村落であったが、嵐で漂着したイギリス人(移住者)が定住して栄えていった、アメリカの歴史上重要な街でもある。そんな70年代のアメリカを懐かしむ中で、自分自身が直接経験・遭遇したいくつかの「不気味な出来事」を、お話ししていきたいと思います。

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霧隠(SHARON)

夏休みの課題(自主トレ)として、NY在住の著名なピアニストと知られているR・Hの指導を受けることにした。ボストンからNYは、車を飛ばしても、片道4時間ほどはかかるが、夏休みだから時間的な余裕はある。友人の家に一晩泊めてもらってもいいし、夜中に出発して明け方に着くのもいい。 とにかく月に2回のプランで実行した。
記憶によれば、7月のレッスンのときだったと思う。NYに住む友人夫婦から「BOSTONに用事があるので、帰るときに一緒に乗せてってくれない?」と電話があったので、彼らも車に乗せて、連れて行くことになった。

日帰りと決めていたので、ワシントン・スクエア(Washington SQ)近くに住む友人をピックアップして、夜中の12時くらいにニューヨークを出た。とんぼ返りで疲れていたこともあり、帰り道は6時間ほどかけて、ゆっくり真夜中のドライブを楽しむつもりでいた。
NY~ボストンの経路は、だいたい海岸沿いの95号線を利用する。
5thAvenuを利用してFDR ドライブ(FDR DR.)から、時間があるときは、セントラルパークを横に眺めながらマンハッタン島を抜けることもある。どっちにしろ、マンハッタンは島だ。トンネルか橋を利用しなければ、街から抜けられない。

その日はトライボロ橋(Triborough Bridge)からR278-R95の海岸ルートを使った。夜中といえども、都心を抜けるまでの渋滞は避けられないが、片側4車線ある広々としたハイウェイに入ってしまえば、そんな心配は全く不要である。
95号線をBOSTONに向かうとき、必ず目にする光景は、ハイウェイを隔てて分割されたブロンクス(Bronx)だ。右は富裕層が住む緑豊かな楽園。左は荒涼たるスラム街。米国の表裏一体の社会を反映している。

走ること2時間弱、コネチカット州ミスティック川が海岸へと流れ込む入り江付近から、霧が発生し始めた。しかし、その後、ハートフォード(Hartford)あたりでいったん晴れた。それでも、このあたりは、貯水池、小沼、湖、川、池、小川の多い湿原帯なので、とにかく霧が発生しやすい。

途中でお腹が空いたので、コネチカットとロードアイランドの州境あたりのドライブインで食事を済ませた。当時のハイウェイのレストランといったら、赤い屋根のハワード・ジョンソン(米国ではHOJOと呼ぶ)しか思い浮かばない。味も香りもない、色だけの珈琲。なにやら怪しいものが入ったサンドウィッチ。でも、選択の余地はない。
「相変わらずまずい珈琲だなぁ」、「あと2時間くらいで、ボストンだね」と、たわいもない話をしながら、午前2時くらいにレストランを出た。

ニューイングランドの土地は春から夏にかけて霧が発生する。ミスト・シャワーを思わせる霧に包まれた明け方の散歩は快適だが、車の運転となると、話が違う。とくに夏場の海岸沿い95号線のハイウェイは、往々にして濃霧注意報・警告が発せられる。

しばらく走っていると、心配していた通り、霧に包まれてしまった。
確かこの近辺にはウィッチポンド(Witch Pond)湿原とブラックポンド(Black Pond)がある。魔女の池(魔法の湿原)と黒い池・・・。それに収穫を終えた赤いクランベリー(※注)が浮かぶ灌漑用水池が不気味に静まる。不可解な名前と色の組み合わせだ。

※クランベリーとは、沼地近辺に生息する多年生の蔓科になる赤い実で、利尿作用がある。最近、日本でもジュースとして販売されている。

少々心細くなってきたので、「ちょっとあぶないねぇ」と後部座席へ声をかけた。
「でも、いまさら戻れないし、とにかく気を付けて運転するから、ナビを頼むよ!!」
標識では、ロードアイランド州プロヴィデンスあたりを通過したようだ。
それにしても霧はどんどん濃くなっていくばかりだ。

「これちょっと、ヤバクない?」
返事はない・・・。二人はすでに爆睡している。
「なぁんだ。寝ているのか・・・」
「まったくこんなときに二人して寝入っているとは・・・。事故にあっても知らないわよ!!」
ちょっと頭にきたが、それでも独り言をつぶやきながら、黙々と車を走らせた。
しばらくすると、「Worcester 10 mile ahead(ウースターまで10マイル)」の標識がうっすらと見えた。
ウースターはボストンから1時間ほどの街である。現地には、濃霧にあったときのために、黄色い電光掲示板が設置されていた。

再び後部座席の二人に声をかけた。
「ねぇ、ちょっと、起きてよ。あと1時間くらいでボストンだよ!」
後部の二人は、ようやく起きて、「本当だ」と、寝ぼけ眼で窓のほうを見やった。
「それにしても、すごい霧だね」
「ドラキュラでも出てきそうな感じで気味悪い」
・・・喜びも束の間であった。

走れば走るほど、霧ははれるどころか、ドライアイスのようにどんどん立ち込めてくる。
緊張感が高まり、ハンドルを握る手にも力が入った。
とうとう視界が全くきかなくなってしまった。

続く

前回の続き

かなり走ったと思ったその時、再び、標識が見えた。
すると、またしても「Worcester」の文字。
「おかしいよね。さっき通ったじゃない・・・」
「別の看板かもしれないよ。もうちょっと行ってみようよ」
「そうだね」
そしてさらに進むと、またしても同じ看板。
三人とも唖然として「一体どうなっているの?!」を連発するばかりだった。やがて、
「全然進んでないじゃないか・・・」と、Sは恐怖と苛立ちが入り混じったように顔を強張らせて言った。体中が汗ばんできた。
「でも、さっきから走っているのは、知っているでしょ。ほら、ガソリンだって減っているし」
「じゃ、どういうことなのよ」とM。ちょっと背筋が寒くなるような感じがした。

それから何度もその標識を見た。
そのうち、ガソリンがなくなってきた。
「このまま走っていったらガス欠だよ!」
でも、高速道路をこのまま走っていったらあぶない、とにかく、いったん出たほうがよさそうだ・・・」
「そうだね。95を出てローカルの1号線を北へ向かえば、海岸線とは逆側に出るから、少しは霧が避けられるだろう」とS。
私たちはガソリンのことだけではなく、頭のどこかで、このままでは危険だという勘を働かせていた。とにかく、うっすらと見える黄色い照明を頼りに、高速道路の出口らしいところを見つけることにした。

「もう勘で行くしかない」腹を括って前進した。
でも、視界がきかないので、対向車に追突するか、されたりする恐れはじゅうぶんにある。
かろうじて、見えた車の側面のガードレールに沿って、恐る恐る進んでみた。
海岸からかなり外れたとはいえ、まだ視界は悪かった。
そして、ガードレールが切れたところに、何かがうっすらと見えた気がした。
車を停止させた。
「ハイウェイから外れたから、とりあえず、危なくなさそうだ」
あたりはひっそりと静まり返っていた。
「この周辺だったら安全かもしれない。ここでしばらく待ってみるしかないねぇ」

狭い車の中で、しびれをきらした後部座席の二人は、なにやら喚き立てている。
「こんなところに停めたらあぶないじゃない」
「事故にあったらどうするの!」
「ガタガタ言ってもしょうがないでしょう。絶対無事に着くから静かにして!」
三人とも肉体的にも精神的にも力がなくなってしまった。疲労困憊だ。
ただ、実際、どこに車を止めているのかわからないので、眠ろうにも眠れない。
とりあえず、しばらくのあいだは、目を閉じて気持ちを落ち着けることにした。

沈黙が数分続いた後、重苦しい静寂が車を包んだ。
そのとき冷たい霧のような不可解な空気が、車内に流れ込んできた。
「なにこれ?」「気持ち悪い・・・」
Mが沈黙を破った瞬間、鳥の鳴き声が聞こえてきた。
ようやく霧が薄くなってきた。
時計の針は朝の4時を指している。
「あ、霧が晴れてきた!」
「本当だ。よかった・・・」全員そろって安堵のため息をもらした。
「もう少したったら、ハイウェイに戻れそうだね!」

やがて、霧が消えてあたりの景色がはっきりと見え始めた。
すると、車は魑魅魍魎とした一角にあるゲートの前に、ピタリと止まっていた。

続く

前回1の続き

ゲートは、とても大きく、何やら古めかしかった。
「ここどこだろうね?」
三人とも車を出て、門を見に行った。
石垣に埋め込んである表札には、Guild Cemetery(ギルド霊園)とある。
ユダヤ商工会や石工ギルドの共同墓地のようだ・・・。
蔦がからまった門の周りは、うっそうとした葉の生い茂った楡や楓(メープル)で覆われている。歴史を感じさせる古めかしい造りの門である。
「なんでこんなところに停めたの?」
Mは口をとがらせて怒っていた。
私は言った。「しょうがないじゃないの。ここに連れてこられたんだから。
もしかしたら、何かの導きで被害から救ってくれたのかもしれないよ・・・」

「とにかく、スタンドでガソリン買ってきてよ」とSに頼んだ。
しばらくして赤いプラスティックのコンテナを抱えたSが戻ってきた。
少量のガソリンを入れてから、その後、ガスステーションで満タンにした。
そのとき、ここはどこなのかと尋ねて、位置を確認すると、どうやらSharon(シャロン)という町らしい。もともとこの町は、Upper Middle Class(中流階級)のユダヤの管轄区域だし、Guild(ギルド)という墓地の名前からいってもおそらくユダヤ系の墓地だろう。

思えば、最初に住んだアパートのあの老夫婦も、ユダヤ系であった。
墓地に着いたとき、これで大丈夫だと思ったあの感覚は、何者かの導きがあったのかもしれない。一体霧の中で何が起きたのだろう・・・。時空を超えてしまったのだろうか・・・。

あとでわかったのだが、95号線(ハイウェイ)から1号線(ローカル)に続く道には、T字路があり、
そこで左折しなければ、墓地にたどり着けなかった。しかし、左折をした覚えがまったく記憶にないのである。ふと気づくと、ガソリンメータの残量(針)が0を、とっくに超えていた。ガソリンが減る間、同じ場所をずっと走っていたのだろうか。あるいは95号線からはとうにはずれて、ローカル道路を走っていたのか・・・。

ああでもないこうでもないと、道に迷った場所や位置などについて、それぞれの意見を交わしながら、95号線に戻った。が、何だか腑に落ちない、嫌な思いをしたので、帰りは別ルート90号線(マサチューセッツ・ターンパイク)を利用することにした。
そして、午前の7:00頃、ようやく帰途についた。周辺の珈琲ショップは何事もなかったかのように、すでに客でにぎわっていた。

END




入学当初は、大学の寮に住んでいたが、夏は暑く、寝苦しい。
その上、タバコの吸殻や食べ物(残り物)など、何でもトイレの中につけてしまうルーミィ(ルームメイト)のおかげで、トイレは年中、逆流していた。

そんなこともあって、新学期がはじまるまでに引越しをしようと、アパートを探すことにした。
条件は学校や駅に近く、環境・治安がよいところ。わがままを言えば「家賃も安くFurnished(家具付)が好ましい」。
あれこれと思いをめぐらせながら、期待に胸をふくらませた。

しかし、現実は厳しかった・・・。
案内された部屋は、どれもこれも数百年の歴史が語る“薄暗く、カビ臭い”部屋ばかりだった。ただ、ここでわがままをいってしまえば、一生みつからないとも思ったので、とりあえず、2,3日中に決めるとのことを伝えた。

部屋探しを始めて5日目ほど経った。もう少し条件を下げれば、ひょっとして見つかるかもしれない。その翌日、再び不動産屋を訪ねた。すると、入口近くのデスクに座っていた彼は、私の顔を見るなり、「家具付のいい部屋が見つかったから、今から案内するよ」と言った。
いい部屋ならば、とりあえずは見てみる価値はある。 
答えはもちろん、OKだ。

交通量が激しいメインストリート(Boylston St.)をダウンタウンに向かって歩くこと10分。建物はその通り沿いにあった。1階は24時間オープンのピザ屋。その隣も※24時間オープンのヘッドショップだ。あまり環境がいいとは言えないが、人通りが激しい分、かえって安全かもしれないと思って、とにかく家具付のアパートを見せてもらうことにした。※ヘッドショップとは煙草、薬草、パイプ、雑貨などが陳列されているマニアックな店
通りに面したドアから中ドアへ入ると、2Aと記されたドアへと直行する階段があった。
ぎしぎし音をたてながら階段を上がった。

廊下の右側はキッチン、バス、ベッドルーム、そして突き当たりはリビングルーム。ベッドルームやキッチンは暗いけど、広々としたリビングは明るく、窓からは路地裏の大きな木が見える。
しかも、ファーニストだから、ダイニングテーブル、ベッド、カウチ(二つ)がついている。
駅や学校まで2ブロック。歩いて10分ほどの距離だ。
「いいかもしれない・・・」。
早速、その日のうちに契約を済ませて、この建物の二階に落ち着くことにした。

路地に枯れ葉が舞う10月も半ばになると、街中の店は、ハロウィンを祝うかぼちゃと黒猫の置物で賑わいを見せている。その年の秋は、インディアンサマー(小春日和)で比較的暖かな日が多かったので、暇さえあれば、フリーダムトレイルやドライブを楽しんだ。
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プロフィール
HN:
MAIA
性別:
非公開
職業:
エソテリック占星術研究家
趣味:
映画、読書、音楽、創作料理
自己紹介:
以前は音楽家でしたが、西洋占星術と出会って以来、はまっています。
米国占星術協会PMAFA
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