[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
霧隠(SHARON)
夏休みの課題(自主トレ)として、NY在住の著名なピアニストと知られているR・Hの指導を受けることにした。ボストンからNYは、車を飛ばしても、片道4時間ほどはかかるが、夏休みだから時間的な余裕はある。友人の家に一晩泊めてもらってもいいし、夜中に出発して明け方に着くのもいい。 とにかく月に2回のプランで実行した。
記憶によれば、7月のレッスンのときだったと思う。NYに住む友人夫婦から「BOSTONに用事があるので、帰るときに一緒に乗せてってくれない?」と電話があったので、彼らも車に乗せて、連れて行くことになった。
日帰りと決めていたので、ワシントン・スクエア(Washington SQ)近くに住む友人をピックアップして、夜中の12時くらいにニューヨークを出た。とんぼ返りで疲れていたこともあり、帰り道は6時間ほどかけて、ゆっくり真夜中のドライブを楽しむつもりでいた。
NY~ボストンの経路は、だいたい海岸沿いの95号線を利用する。
5thAvenuを利用してFDR ドライブ(FDR DR.)から、時間があるときは、セントラルパークを横に眺めながらマンハッタン島を抜けることもある。どっちにしろ、マンハッタンは島だ。トンネルか橋を利用しなければ、街から抜けられない。
その日はトライボロ橋(Triborough Bridge)からR278-R95の海岸ルートを使った。夜中といえども、都心を抜けるまでの渋滞は避けられないが、片側4車線ある広々としたハイウェイに入ってしまえば、そんな心配は全く不要である。
95号線をBOSTONに向かうとき、必ず目にする光景は、ハイウェイを隔てて分割されたブロンクス(Bronx)だ。右は富裕層が住む緑豊かな楽園。左は荒涼たるスラム街。米国の表裏一体の社会を反映している。
走ること2時間弱、コネチカット州ミスティック川が海岸へと流れ込む入り江付近から、霧が発生し始めた。しかし、その後、ハートフォード(Hartford)あたりでいったん晴れた。それでも、このあたりは、貯水池、小沼、湖、川、池、小川の多い湿原帯なので、とにかく霧が発生しやすい。
途中でお腹が空いたので、コネチカットとロードアイランドの州境あたりのドライブインで食事を済ませた。当時のハイウェイのレストランといったら、赤い屋根のハワード・ジョンソン(米国ではHOJOと呼ぶ)しか思い浮かばない。味も香りもない、色だけの珈琲。なにやら怪しいものが入ったサンドウィッチ。でも、選択の余地はない。
「相変わらずまずい珈琲だなぁ」、「あと2時間くらいで、ボストンだね」と、たわいもない話をしながら、午前2時くらいにレストランを出た。
ニューイングランドの土地は春から夏にかけて霧が発生する。ミスト・シャワーを思わせる霧に包まれた明け方の散歩は快適だが、車の運転となると、話が違う。とくに夏場の海岸沿い95号線のハイウェイは、往々にして濃霧注意報・警告が発せられる。
しばらく走っていると、心配していた通り、霧に包まれてしまった。
確かこの近辺にはウィッチポンド(Witch Pond)湿原とブラックポンド(Black Pond)がある。魔女の池(魔法の湿原)と黒い池・・・。それに収穫を終えた赤いクランベリー(※注)が浮かぶ灌漑用水池が不気味に静まる。不可解な名前と色の組み合わせだ。
※クランベリーとは、沼地近辺に生息する多年生の蔓科になる赤い実で、利尿作用がある。最近、日本でもジュースとして販売されている。
少々心細くなってきたので、「ちょっとあぶないねぇ」と後部座席へ声をかけた。
「でも、いまさら戻れないし、とにかく気を付けて運転するから、ナビを頼むよ!!」
標識では、ロードアイランド州プロヴィデンスあたりを通過したようだ。
それにしても霧はどんどん濃くなっていくばかりだ。
「これちょっと、ヤバクない?」
返事はない・・・。二人はすでに爆睡している。
「なぁんだ。寝ているのか・・・」
「まったくこんなときに二人して寝入っているとは・・・。事故にあっても知らないわよ!!」
ちょっと頭にきたが、それでも独り言をつぶやきながら、黙々と車を走らせた。
しばらくすると、「Worcester 10 mile ahead(ウースターまで10マイル)」の標識がうっすらと見えた。
ウースターはボストンから1時間ほどの街である。現地には、濃霧にあったときのために、黄色い電光掲示板が設置されていた。
再び後部座席の二人に声をかけた。
「ねぇ、ちょっと、起きてよ。あと1時間くらいでボストンだよ!」
後部の二人は、ようやく起きて、「本当だ」と、寝ぼけ眼で窓のほうを見やった。
「それにしても、すごい霧だね」
「ドラキュラでも出てきそうな感じで気味悪い」
・・・喜びも束の間であった。
走れば走るほど、霧ははれるどころか、ドライアイスのようにどんどん立ち込めてくる。
緊張感が高まり、ハンドルを握る手にも力が入った。
とうとう視界が全くきかなくなってしまった。
続く